廃墟告知
庵主にメール
あんじゅずいかん

ここはマーブルコレクション「廃墟」の告知ページです
廃墟庵主の生活と意見として、範囲を定めずに書き
周期不定で更新しております

その昔、手書きコピー目録専門の限定本専門店がありました
今回はその目録に載った毎月のお楽しみ
「愛書閑話」を偲んだご愛嬌です
まさにご笑覧。

土手の大将 の巻

「以前作っていただいたデシーニョの図録に近い質素な構成です。
パッセカルトン、見返しノドに革。
背と角革、平は手染めマーブル紙か裁ち目を始末したポプリン布貼込。
バンドなし丸背、手編み花布、作銘。
天金をせず挿入箱。
背角革の比率はお任せします。
革は黒以外に濃紺や臙脂。束の小口の色を見ながら濃い色でインテグレートしてください。
資料本として最もスタンダードな素材と工法なので奇抜な事は考えていません。
たしか背タイトルは奥付に則ってと申し上げた記憶があります。」
ここまで打ち込んで確定、そのまま送信。これでアイモードのメールは終わり。
造作もない。

携帯電話からメールを送信するとき、無意識に空を見上げてしまう。デジタル無線を介した情報の送受信だと頭では理解していても、つい自分の気持ちがそのまま空を飛んで製本師に直接届くような気になってしまうから。
手工芸の一極であるルリユウル本手製本を作家に依頼する段が、今時はこんな薄っぺらなカラクリでお手軽にとんとん拍子。味気ないとも思わないが、その昔紙屋布屋に印刷屋と足を棒にして口説いて回ったのが嘘のようだ。
あの頃の身体を使った本作り、今に残る作品に特別な愛着を感じるとしたら、その身体の記憶を愛している。

とかくする内に電話が鳴って、FOMAの画面一杯に女性の笑顔が揺れている。夕食の約束をしていたっけ。
隣に可愛い娘が手を振っているところをみると、どうやら仕事中に医院の隅っこからこっそりかけてきた模様。切り上げようにもころころ笑って一向話が纏まらない。
ほどほどに混み合ったスターバックスカフェの店内昼下がり。四十代半ばのおっさんが携帯電話と向き合ってへらへら笑いながらTV電話をかけているなんざ、俗々凡々。
よせばいいのに電話に手を振って、「じゃあね〜」なんてほざいてる。いやはや馬鹿丸出し。

いつからこんな簡単さを受け入れるようになってしまったのだろう、不図そう思う。

 

昔を言えばバイクメ〜ン。2ストロークエンジンの狂った加速に酔い痴れて、夜な夜な世間を騒がせた困り者。
二十代の半ば、六本木で店を張る某アメリカ人骨董商に親しく絵皿箪笥の薫陶を受け、続けて洗足は某書房の某氏に愛書趣味の系譜を直伝される。美術館画廊通いも本格化。
最初は限定本と民芸少々。すぐに古民具骨董から泰西名画、立体と範囲を広げ、資料を漁り読むようになる。
有難いことにとあるジャズ喫茶のマダムが庵主を応援してくれ、展覧会の招待券には不自由しなかった。
今の庵主は彼らによって基礎を定められた。感謝々々。

当時の勉強がどれほど身に残っているかは覚束ないが、少なくともBBSだのeメールだののやり取りだけで全て判った気になるような尊大さ鈍感さだけは免れた。
庵主自慢じゃないが人にものを尋ねるときは手紙を認めて会いに行くし、欲しい本があれば時間を割いて古本屋を回る。
遠い近いは関係ない。たった一枚の写真を見せてもらうため、京都までお百度を踏んだこともある。
それが時間のロスだと言われたら、キミたちの手には品物以外に何か残っておりますか、物の向こうに何が見えますかと問い返す。

巨大な壁のような古本屋の棚をシラミ潰しに探していってその本が目に飛び込んで来た瞬間の衝撃。
製本師の手からルリユウル本を初めて受け取ったときの不安と感慨。手業を備えた人間の所作を見る楽しみ。
年来の疑問を真正面から投げかけたとき、返ってくる予想外の答。その相手の声音、表情。道々の風景。
キミたちの自慢する物には、そんな豊かな、目に見えない自分だけの付加価値がありますか?なんつって。

スピードと爆音の狂気しか知らなかった庵主のどこに目をつけたものやら、諸先輩が腕まくりして伝授してくれたものの根本は、つまりはこのことではなかったかと勝手に解釈している。
物じゃないとは決して言わないけれど、物だけで終わる世界でもあり得ないということか。
そこに来い。この世界に来い!と何人誘ったかは知れないが、無理強いが効く時代でもなかろうと半分は諦めている。
なによりこのハイテク時代、自分自身知らぬ間にお手軽が身に付きはじめているのが怖い。
ちょっと締め直さんと、など思う。

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